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保育園の頃の記憶☆実は虚弱だった私 / ライフストーリー・第4話

初めて妹に会った♡ライフストーリー・第3話の続き。

今日は、保育園の頃の記憶を思い出してみようと思う。

両親が共働きだったので、いつも桃井(ももい)ばあちゃんが保育園の送り迎えをしてくれた。
ばあちゃんは、大正生まれなのに若い時は身長が163cmあったらしい。
私は隔世遺伝で身長も伸びたので、よく似ていると言われていた。

ばあちゃんの自転車の後ろの椅子は、私の指定席だった。
田舎なので、小さい頃から近所のおばさん達に構ってもらっていたせいか、私は人見知りではなかった。
保育園から帰るときに、自転車の後ろの椅子に乗っているとよく「桃井さんにそっくりね〜」と言われていたな。。。
その度にのあちゃんは、嬉しそうにしていた。
ばあちゃんにとって私は、自慢の孫だったのだ。
実際、物心ついた頃から私は、ばあちゃんと一緒の部屋で寝ていた。
妹は、父と母と3人で寝ていた。

私は桃井ばあちゃんに溺愛されていたのも知っていたし、私も桃井ばあちゃんのことが大好きだった!
とにかく、可愛がってもらった。

ある日のこと。
保育園の給食で、茄子の炒め物が出たんだけど、どうしても不味くて食べられなかった。
家では食べていたけど、その給食の茄子がとにかく不味かったのだ。
おそらく、油っぽかったのが原因だったかもしれない。
保育士さんに、食べないと帰れないよと言われて、泣きながら食べようとしても吐き出してしまう。。。
あの手この手を使っても、食べない私。
無駄に時間だけが過ぎていく。。。

ついに保育士さんが観念し、ばあちゃんが食べてくれたことで家に帰れることになったのだ。
この頃から、私は頑固だったのだろう(苦笑)
この記憶は、なぜだかわからないけれども良く覚えている。

一方、保育園での記憶は、外で鬼ごっこしてもすぐに捕まってしまう。。。
ジャングルジムも上まで登れない(高所恐怖症)
人前で歌ったり踊るのも苦手。(恥ずかしがり屋)

とにかく何をやっても鈍臭いというか、ついていけなかった。

実は、私はめちゃくちゃ虚弱だったのだ!

小学校に入る前、幼稚園の時に扁桃腺の手術をしてから徐々に元気になっていったけど、それまで保育園の時も幼稚園の時も、冬になるとすぐに風邪を引き、高熱にうなされ、不味い水薬とお尻に注射を打たれていた。。。
医者に行くのも嫌だったし、雪が降って外で遊ぶとすぐに扁桃腺が腫れて、高熱を出すの繰り返しで辛かった。
友達とよく遊んだことよりも、いつも熱でボーッとしながら、ただ天井を眺めていたのを覚えている。

続く。。。

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この記事を書いた人

阿部きょうこ

現在、六本木のクラブでママちゃんやってます。
30才で六本木にあるクラブでママになった時に、マネジメントやコーチングの領域で悩んでいた。10年前から心理学を学び、主にセルフコントロールとコミュニケーションに関心を持つ。

自分の心を開いて相手と関わり相互支援出来る人間関係を目指しながら日々活動中。

幸せになるのをただ待っているのではなく、自ら幸せを創り出し、日々笑顔で過ごす人を増やしていきたい。

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