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父と一緒に過ごした最後の日々☆

久しぶりのブログ更新です!
この3週間、私の人生の中で最も濃くて(笑)
最も愛に満ちあふれた時間でした☆

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8/21(日)の朝に、めずらしく妹から電話がありました。
「父が脳梗塞で入院し、既に意識はなく、危険な状態だから早く帰ってきて」
一瞬、頭が真っ白になりましたが、深呼吸してから、すぐに飛行機のチケットを購入し、夕方に鶴岡に帰ってきました

父は集中治療室の中にいました

私が、主治医とお話出来たのは、22(月)の夕方でした
脳の中でも、最も重要な脳間の部分が広範囲で詰まっていて、病状は良くなく、早くて今日中、持って2〜3日と告げられました


 

23(火)父は個室に移動しました
相変わらず、昏睡状態のままですが、良く見ると、左手、左足に反応が見られます

私は、去年の12月に受講したコーマワークを思い出しました
コーマワークとは、「昏睡状態の人と、どのようにしてコミュニケーションをとっていくか」という心理学的な支援です
当時、私は、昏睡状態の人とコミュニケーションが取れたなら、普通に話せる人とのコミュニケーションは、いかに簡単か!
ある意味、究極のコミュニケーションだと思い、参加したのでした

それは、父ともっと上手くコミュニケーションが取れたらいいなと言う思いも込めてました
口を開けば、お互い、いつも喧嘩ばかりしてましたので(笑)

「お父ちゃん、おはよう」と軽く挨拶をしてから、父の手を握り
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まず呼吸を合わせます
相手のペースに合わせて寄り添うことが大切です
それから、いくつかの言葉をかけました
「ありがとねー」「大好きだよ」「愛してるよ」「大丈夫だよ」「側にいるからね」「よく頑張ったね」などなど
とくに「ありがとねー」「大丈夫だよ」「側にいるからね」の言葉を語りかけると、左手、左足をバタバタしながら、元気に反応し、瞬きや、喉にも反応があり、とても喜んでました☆

こちらは、父と妹☆
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そこから私は、限られた父との時間を最優先にし、時間が許すかぎり、一緒に過ごしました

毎日、毎日、手を取り話しかけ、時には寄り添いながらただ本を読んでるだけでも、一緒に同じ空間にいる空気感を感じながら、あるがままを受け入れて、一緒に呼吸が出来ている事に、ただただ感謝してました☆

3日が過ぎた頃には、自発呼吸をするようになり、元気になっているようにも思えました
もしかしたら?と小さな奇跡にも、すがってみたりしました

1週間辺りからでしょうか?
話しかけると、口がパクパク動くようになりました
「ありがとねー」と何度も語りかけていると、一緒に口も「ありがとう」と動いた時があって、私も妹もビックリしました!
想いって、ちゃんと伝わるんですね☆

9/1に叔父と叔母が、お見舞いに来ることになり、「もうちょっと頑張って!!」と励ましたものです(笑)
叔父と叔母が来てからも、更に元気になったようにも見えましたが、9/6のお昼過ぎに、皆んなに看取られながら、父は永眠しました
72歳でした


 

父の思い出といえば、土日もなく真面目に一生懸命働き、私たち家族を養ってくれました
仕事が趣味のような人で、左官業に誇りを持っていました
しかし、気性は昭和の職人気質そのもで、頑固で短気で怒りっぽく、素直に謝れない、不器用で損な性格の持ち主でした(笑)

父の人生もまた波乱万丈でした
幼少期の親子関係の話を聞いても、決して明るいものではありませんでした
本家の長男に生まれた責任感とプレッシャー
人付き合いが決して上手ではない父のサポートをしていたのが母でした
父が47歳の時に、母が急病で他界し、晩年は、なかなか思い通りに行かないことも多々あったと思います
それでも誰よりもご先祖様を大事にし、先祖供養をきちんと続けてました
そのお陰か、苦しむこともなく、最期、皆んなで一緒に居れたので、寂しがりやの父も安心して、旅立てたと思います

父が亡くなるまでの16日間、実家の片付や、色々とやらなければならない事が沢山あったのですが、その日、その日、いつもタイミング良く事が運び、妹と「私たちの意思で動いてないよね。これは動かされてるよね〜!(笑)」と不思議な経験を沢山しました
目に見えない何かってあるんですね!

私はと言えば、父とは色々ありました(笑)
子供の頃から、常に喧嘩がたえず、決して良い親子関係だったとは言えなかったかも知れませんが、今、思えばそれも、私と父なりのコミュニケーションの取り方だったのかもしれません
すっごく気が合う所もあったのだけれども
私も父と性格が、そっくりなものすから(笑)

それに父の躾は厳しく、色々教えてくれました
*人のせいにはしないこと
*外見ばかりではなく中身も磨くこと
*自分1人で生きてるとは思わないこと
*人様に迷惑をかけないこと
*二人きりの姉妹、いつまでも仲良くすること
など、まだまだ沢山ありますが、これらの教えは、今でも私の心得になってます

そして今回、何よりも16日間、父と一緒に居れた時間を作ってくれた事に、心から深く感謝してます☆
この期間が私と父にとって、沢山の愛に包まれて、とてもかけがえのない時間になったこと☆
もしかしたら、今までの中で1番お互いに良いコミュニケーションがとれたかもね (*^_^*)

ただただ感謝☆「ありがとう」の気持ちでいっぱいです!

母の時は入院した次の日に危篤になり、死に目に会えなくて、何年も自責の念を抱いてたものです
それを父も分かっていて、最期、空気を読んでくれたのでしょう
母の二の舞になっていたら、私自身きっと、深い悲しみと苦しみから抜け出せなかったと思います。。。
父の愛を感じずにはいられませんでした

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もう喧嘩も出来なくて、少し寂しいけれども
天国で母と一緒に笑顔で、幸せな日々を過ごしてね☆

お父ちゃん、ありがとう!

この記事を書いた人

きょうこ

きょうこ

阿部きょうこ

現在、六本木のクラブでママちゃんやってます
(源氏名:村上純)

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